2017年11月20日 月曜日

仕事が教えてくれること

Filed under: 社長の望月です。 — webmaster @ 17:43:46

日常生活の中では、クヨクヨする事やメソメソすることはどうしてもある。

特に、人間相手の事については、相手がどう思っているのか分からないだけに辛い。

ごくまれに、自分なりに頑張っている、で済ませられる人がいる。

うらやましいというか、無責任というか、達観しているというか・・・

先日、ある本に出てくる主人公のセリフが、妙にしっくりと心に入ってきた。

それは、主人公に投げかけた、不安はないか、問題はないかという問いに対してのものだった。

『目的が正しければ、悪い結果は起きない』

『大義を信じている限り、何でもできる』

相手にどう思われるのか、上手くいくのかどうか、という不安は無いのだと言う。自信というのは、このような心でももてるのだと感じた。

また、『君は娘に、どんな世界を残すのか』というセリフにも感じ入ってしまった。

どうしても自分の事を考えて優先してしまう。

部活動であれば、後輩にどんなチームを残すのか考えるよりも、自分がレギュラーになれるのか、次の試合に出れるのかどうか・・・

会社であれば、部下にどんな会社を残すのかよりも、自分の取り分、自分の評価、この先の立場・・・

私の周りには、勉強家が多い。

本はよく読むし、その感想も正論だし、文章も上手だ。

ところが、その実際はどうかというと、「?」ということを見受けることがある。

ありがたいことに、私は善人に囲まれている。

理屈や文化としては善であっても、実際は悪に正解があるのが現実社会である。

この釈然としない状況に対し、昔の人は『毒には毒をもって制す』とか『必要悪』、『水清ければ魚済まず』という苦々しい教えを残した。

白か黒かで考えがちだが、学校を離れた社会では、白も黒もありだし、その多くはグレーなのである。

清濁併せ呑む、という諺は、テストには出るが、その本来を知らない人は多い。

もうすぐ12月。

今年一年を振り返り、改めるべきは改める、と謙虚な心持で日々を過ごす。

2017年11月17日 金曜日

AIとロボット

Filed under: 社長の望月です。 — webmaster @ 11:10:54

巷では、よく耳にするようになったこの二つの言葉を、何となく受け止めている人が多い。

中には、盲目的に大歓迎している向きもある。

確かにビジネス的には効率が上がるだろうが、人間社会の幸福に、全てが直結するのかは疑問である。

例えば、サイバー攻撃。

すでにウィルスはAIにより作成され、ロボットでばらまかれている。

毎月2万種、年間24万種以上の新種ウィルスが発見されている。その発見も、もう人力では追い付かず、ロボットがやっている。

私たちがぼんやりしている脇では、ロボット戦争が起きているのである。

今後、約50%の業種が、AIとロボットに替わってしまうといわれている。

『ワ〜、ペッパー可愛い』といっているあなたは、未来失業者になる可能性が多いのである。

中国では、配送の仕事が、どんどんロボット化しているという報道があった。

ロボットは、人間のように病気にならないし、文句も言わないし、教育の必要もない。

自分の仕事を顧みる必要があるし、また、自分じゃなければできないことを創る必要がある。

ターミネーターという映画は、すでに現実化している。

AIとロボットの時代を迎えるにあたり、新しい仕事もできるのではないか、と考える必要もある。

再生エネルギーやエコの時代は、多くのガソリンスタンドを廃業に追い込んだ。

それに代わる仕事はあるかといえば、ない。

現在、日本の国は、海外からの労働者を積極的に迎え入れようとしている。

日本人は働かないが、外国人は働きたくて仕方がないのである。

しかも、給料は安い。

人口が加速的に減少し始めた一方で、AIやロボットに急激な進化、そして海外からの外国人受け入れ・・・

予測の難しい社会にはなるが、なにかとてつもなく、どでかいチャンス到来のようでもある。

とにかく、出来る限りのアンテナを広げ、自分なりの予測を立てなければいけないと感じる日々です。

2017年10月23日 月曜日

あなた大丈夫?

Filed under: 社長の望月です。 — webmaster @ 12:15:56

日本の哲学者というか思想家に、中村天風という立派な方がいる。

その中村天風さんの『ダメと思う奴は・・・』というくだりの話がある。

中村さんが、その昔、軍隊にいた頃の話。

戦場で、数名のケガをした兵隊がいた。

一人は軽傷程度、もう一人は重傷で瀕死の状態だった。

見舞いに行くと、看護兵が、『ああ、もうあいつは死にましたよ』と言う。

てっきり、『の大怪我では仕方がないな』と言うと、『違いますよ。死んだのは軽い方です』と返ってきた。

軽症の兵隊は『痛いよう、俺はもうダメだ』と言い続けていたそうだ。

重症の方は、『大丈夫か?』と聞くと『大丈夫です』と虫が鳴くようなか細い声で返事をしていた。

心で思ったことは、そのまま現実になる。

私は人生、思うようになるか?の質問に、『なる』と答えた人としか付き合わない。

『ならない』と言う人は、日常の行動が、すでに消極的というか、自身が無いというか、他人事の人生である。

そんな人と付き合っても、何にも面白くない。

ついている人、ラッキーな人、幸運な人、恵まれている人というのは、偶然なのではなく、思考がそうなるようになっている。

友達にするなら、そういう人が良い。

『大丈夫か?』

『ヤバいっす』なんていうのは、極力、近寄らない方が良い。

日本のゼロ戦パイロットで、有名な方がいた。

この人はテレビの番組で、中村さんと同じようなことを言っていた。

『死ぬのは、俺はダメかも知らん』とか『帰ってこれないだろう』と悲観する奴ばかりで、死ぬわけにはいかないと思っている奴は、死なないそうである。

『たった一度の人生じゃあないか。人は幸せになることが目的で生まれてきた。そこを、もっと自覚して欲しい』

と中村天風さんは語り続ける。

私も同感である。

2017年10月13日 金曜日

ハインリッヒの法則2

Filed under: 社長の望月です。 — webmaster @ 8:54:32

何かあると、すぐに慌てて大騒ぎし、一般的な人からは、『うるさいなぁ』と思われる。

私の周りにもいる。

起きるかどうか分からないことに対して、過剰に心配する『杞憂』の人も、一種の騒ぎ屋となる。

但し、この騒ぎ屋の良いところは、自分事として騒ぐ。

一方、騒がせ屋というのもいる。

これはメディア全般に言える。他者を騒がせ、時には不安を煽るが、基本は自分事ではなく、他人事である。

騒がせ屋は、他者が騒ぐことに喜ぶ。

カリフォルニアで起きた山火事は、大災害となったが、最初は小さな火種であった。

もし、騒ぎ屋がいれば、あそこまでの被害にはならなかったに違いない。

発生してから、騒がせ屋が騒いだが、騒がせ屋は鎮火に対しては、への役にもならない。

大地震の後、テレビに出てくる『実は私は予測していた』という後出しじゃんけんの学者と一緒。

騒ぎ屋は、鋭い感性や豊富な知識や情報を持つ。

そのアンテナに引っ掛かり事象に対し敏感で、キャッチするとすぐに騒ぐ。

実は大切にしなければいけない人種だ。

『治に合って乱を忘れず』の人なのである。

工場の製造ラインは、たった5%の進捗遅れでも、赤信号で危険信号を出す。

場合によっては、ラインを止めて点検するのだという。

いわゆる、騒ぎ屋ロボットなのである。

『どーん』と構える人がいられるのは、騒ぎ屋のお蔭ともいえる。

しかし、この騒ぎ屋は、他者からは好まれない気の毒な面も持つ。

常に自分事としてバタバタ慌て、ガタガタ騒ぐ。

自分に関係のないことが無いから騒ぐ。

『言っても無駄だ』と冷めていない。

よくよく考えてみれば、貴重な人材なのである。

さて、あなたはどうですか?

2017年10月10日 火曜日

自己責任の時代

Filed under: 社長の望月です。 — webmaster @ 10:37:56

給与明細を見てみると、『こんなに引かれるの?』とビックリする人が多い。

社会保険、厚生年金、各税金など、新社会人でも、場合によっては5万円弱差し引かれる。

私世代は、義務とか、そういうものだからと無意識に納得している。

しかし、今の若者世代は、『なんでですか?おかしいじゃないですか。』と不満を感じている人が多いそうだ。

年金を、満額払い込んだところで、もらえる額は年々減少している。

払わない人でも、最低生活保証で、場合によっては満額の人よりもらえる。

『だったら、100%以上戻る個人年金の方が良いじゃないですか』

ごもっともである。

会社では、やっている人もやっていない人も一緒はおかしい、という常識がある。

その常識のまま、払っている人も払っていない人も一緒、では通用しないだろう。

分かち合いの精神も、度が過ぎてはいけない。

社会は人口減の時代に入った。

少子高齢化は、もはや少子超高齢化ともいわれている。

今朝の新聞では、『会社の大廃業時代の到来』と大きく報じている。

理由は、後継者不足で、少子超高齢化時代による人口減なのである。

今生きている日本人の多くは、人口増の社会しか知らない。

人口減、人がどんどん減ってゆくことは、危機ではなく、恐怖なのである。

どんな時代になるのか、その予測を他人に任せてはいけない。

自分で予測し、それに備えると同時に、生き抜く術を見つけ、身に付けなくてはならない。

社会に頼もうにも、これだけ老人が増えれば、若い人は後回しになる。

給料が50万円あっても、手取りが20万円を切ることは必至なのである。

社会の問題は、自分の問題であることに、いち早く気づき、そして行動を起こしてもらいたい。

共助や公助は、当てにしてはいけない。

今こそ、福沢諭吉の、自助の精神なのである。

大人は、今さら学校に行くわけにはいかない。

仕事を通じ学び、強くなり、自分も家庭も守る。他人は後回しでも、それが当然となるサバイバル時代。

人口減の社会の中で、もう一つ大切になるのは、『信用される力』である。

約束を守らない、言ってもやらない、というのは、今までなら『仕方がないなぁ』で許されたかもしれない。

しかし、人口減ともなれば、誰でも付き合う相手を選ぶようになる。

そして、自らは、選ばれる努力を、今までの1000倍はしなくてはいけないだろう。

当たり前のように認識している『自己責任』。

他人事の人が多ければ多いほど、気づいている人は、したたかに幸福に生きられる。

是非の話ではなく、これは私の考えです。

次のページ »

HTML convert time: 0.529 sec. Powered by WordPress ME